出版に寄せて
旭化成工業株式会社
常務取椅役・延岡支社長
田 畑 晴 郎

 このたびの市山幸作さんの『創魂』出版を心からお祝い申し上げます。
 弊社の発祥はご存知のとおり、初代社長野口遵が、大正12年この延岡にわが国初のカザレー法アンモニア合成により、日本窒素肥料渇чェ工場(現在の薬品工場)を創立したのが始まりです。
 今回出版されましたこの『創魂』には、このアンモニア工場建設当時の野口初代社長の開拓精神や若者達の敢闘精神を中心に書かれていて、先達や当時の若者達の考え方・苦労などがよくわかります。
 また、発品工場は今年でちょうど創立70周年を迎えますが、工場創業当時のアンモニア合成装置が、このたび、産業考古学会より化学工場の学術的・文化的な産業遺産として認定を受けました。
 この二つの事柄はいずれも、当時の状況を最もよく知っておられる市山幸作さんの一方ならぬご尽力により実現の運びとなったもので、市山さんの熱意にあらためて感謝申し上げる次第です。
 終わりに、このたぴ出版されました『創魂』が、是非多くの方に読まれますことを祈念してお祝いの言葉といたします。

平成5年10月5日

 

出版によせて
宗 像 英 二
元 旭化成延岡工場長
元 野口研究所理事長
元 原子力研究所理事長

 市山さんが東北大学の岡部先生の企てに応じて、延岡でカザレ一法アンモニア合成が生れた時の経緯を書かれるようになった時、私は大賛成をしました。野口さんが日本で初めての高圧技術を開拓された有様は、技術の道を歩く後進の者に大きな教えを示すものとして貴いものであります。然しその実情を知る者の語り残したものが少く、それをよく見て知っている市山さんが記述されたので、大変に貴重なものであります。
 既にカザレー法アンモニア合成は過去のものとなっていると云われるかも知れませんが、科学技術の道は進歩に次ぐ進歩が当然で、半世紀以上も前の技術が共の侭ある筈はないのですが、然し技術開発に臨む心構えとか敢行精神には相通ずるものがあって、その相通ずる精神を後進の者が学んでこそ次の立派な成果をあげ得ると信じます。その点
で市山さんの記述には、読む人に暗示するものが随所にあるのでありまして、実に尊いものであると思います。
 昭和6年春、延岡の恒安寮に入った私は、当時寮生活が長く而も世話焼きをしておられた市山さんに世話になり、其の後数年間を親しく御一緒しました。城山の桜の下で賑やかに騒いで町を練り歩いたり、ゴム製のボートで北方の簗から五ヶ滴川を二人で漕いで下ったり、行縢の山に握り飯を持って行ったり、市山さんと云うより「市チヤン」と呼んで思い出の尽きぬおつきあいをしました。その市チヤンがインゼクターの操作の工夫をして、恒安寮で思案熟考をしていた頃、私もベンベルグのアンモニア回収に関する工夫を重ねていた頃で、食堂の食卓でお互に向い合って、ああでもない、こうでもない、と思案中の創意工夫の話をしたものです。今でも市チヤンの熱烈な向学心の現れの姿が有々と思い出されます。
 市山さんの記述の中に、カザレー法実施の初期の色々な出来事が述べられて居り、初めて道を拓いて歩く者の苦心の程が有々とわかります。その中にあって野口さんが流石に早く見透されて、先手を打って進まれた様は尊い教えですし、関係された諸先輩が頑張り抜いた事も後進の模範となると思います。
 市山さんの記述は、それ等を含めて、大変に良い出版でありますので、是非多くの人々が読んで参考とし、各々の今後将来の発展に役立てて下さい。

昭和62年11月3日(化学工業・カザレー法アンモニア合成創業の風光と建設より転載)

 

はしがき
市 山 幸 作

 昭和62年1月20日近代日本化学工業草創秘史を、元東北大学工学部教授岡部泰二郎氏の提案序説の如く、各業種に分類してつくることになり、東京新橋、硫酸協会事務所に関係者が集まり、委員会が発足し、化学工業誌に発表することになりました。
 その第1回としてアンモニア合成が取り上げられて、カザレ一法を担当することになり、60数年前延岡肥料工場の秘史を「創業の風光」の題名で、化学工業社中野清編集長の協力を得て、昭和62年7月号より10月号までの4回に化学工業誌に連載し、出版いたしました。
 又、昭和28年4月、旭化成薬品工場の創業(10月5日)30周年記念の折り部史を編纂することになり、委員を命ぜられ、カザレ一法アンモニア合成の創業に関する経緯を延岡並びに、日窒・旭化成の大阪・東京本社も調査いたしました。
 この折り、昭和28年4月東京・扇家に於いて片桐考一氏に司会をお願いし、朝鮮興南工場より戦後引き揚げられた、白石宗城氏外7名の延岡肥料工場建設と創業当時の幹部の方々に集まって頂き座談会をいたしました。この貴重な記録も掲載し、創業の秘史を確かめ追加編集することにいたしました。
 野口遵翁は、明治、大正、昭和の半世紀にわたり日本の化学工業並びに電気事業の発展に偉大なる業績を残され、其の卓越せる開拓精神の数々は忘れることは出来ず、感銘敬慕してやまざるところであります。
 薬品工場60周年記念事業として建立されたカザレ広場の創業時のアンモニア合成装置一式を仰ぎ見る時、水と空気を原料とした製造現場で働いた思い出も深く、48年間の永きにわたり、その生産の使命を果たした貴重なモニュメントであり、この高圧の合成塔と運命を共にし日夜敢闘された上司や同志を偲び、カザレ一法アンモニア合成の創業の風光の一文と、座談会の記事を編集出版いたしました。
 今回70周年記念式典を迎えるに当たり、野口遵翁の7回忌延岡座談会の回顧録を追加し、更に産業考古学会よりのカザレ一式アンモニア製造装置一式が本年9月25日に産業考古学会推薦産業遺産として認定された記録を追加し、創魂野口遵の題名で再版いたしました。

平成5年10月5日

目次へ